結婚式 卒業式 送別会

3月はいろいろ
日曜日は羽茂の「かわいい方のMihoちゃん」が結婚
新郎のHくんは始終泣き通しで愛おしげなあんちゃんだったらしい

「かわいい方のMihoちゃん」は いつものしっかり者で
(大丈夫?)って表情でH君を何度も振り返りながらニコニコしていたそうです


おめでとう みほちゃん お幸せにね



火曜日は 伝統文化&環境福祉の専門学校生の卒業祝い

あたしもみんなといっぱいおしゃべりしたかったけど
夜勤明けで眠くなっちゃって2時にダウン

いろいろな試練が待ってるかもだけど
きつくて潰れそうになったら ここへ旅に来て欲しい

あたしには何の力もないから

できることっていえば

バカバカしい仲間たちを紹介するよ

どんだけいろいろ悩んでも苦しんでても

たぶん笑うしかないよ・・

我慢しても絶対笑っちゃうよ

こんなバカでも生きてるってのに会わせてあげる



そんであたしから 今は

「オートバイに乗ったほうがいい」だけは言っとくよ


オートバイに乗る人生は乗らない人生とは違うから


もしも 何か人生ってもので苦しみすぎたら 
違う人生(バイクのある人生)って選択肢もあることを覚えておいてほしい


絶望なんかじゃない バイクがあるじゃないかっっ



そんでさ いろんなことがあっても 結局がんばるしかない

もう頑張れないと思っても 頑張るしかない


そうだよ あたしもそういうことがあった


もう無理 全て終わりだ もう何も頑張れないと思ったとき

あたしに「がんばれ」といった人がいる


数年前 息子を失ったあたしに 
関西からかけつけてくれたマスターがあたしに言ったのは


「きばれやミホ!背筋のばして気張れ」


あの子が入るはずだった庭に放置された風呂に水をはって
あっというまに全裸になってチンチン丸出しで
冬の空っ風の中 冷水の風呂に飛び込んだ


そして「ミホ!酒を持って来い!ちゃっちゃとせんか!」
と元気な声で笑いながらそう言った


あたしも笑うしかなかった
腹をかかえて笑った

泣きながら笑って笑って泣いて笑って  そして救われた

いまだって この先もずっと あたしはあの子を失くしたことを
苦しまない日はないけれど

それでも救われた 救われている 救われ続けてる 


あたしは笑ってるよ

希望を抱いてる


「あーいつかキューバに行ってみたい」といつも思ってる


あたしは自分の大切な人を あんな方法で救えるだろうか?


マスターは普段は何も言わない
だまってる
だからあたしも黙ってる
でも視線を感じる

ずっと会ってなくても 話してなくても感じる


ーー他人の生きかた 考え方 言葉ーー


そういったたぐいのものに 
いつだってマスターは無口で無表情だ

あたしは時々思い出す

「ごちそうさま」と

あのショットバーの外階段を上って表へ出る

夏の夜明け 雨上がりの埃っぽい匂い
夜風で冷えたアスファルト

自転車に乗って 方向音痴のあたしはアパートまでの道をついに覚え切れなかった

途中で会った猫が舌を口の中にしまい忘れてチョロっと出してた





さて 22日は病院の送別会の予定だ


ハツコとお別れ
マジか
どうも実感が湧かない


実際問題 あんな元気なおばさんが定年退職なんて間違っている

8Kだ 9Kだと言われている看護師という職業ですが
そうだとしてもハツコは深夜勤免除くらいにしてやれば
まだまだ馬車馬のようにバリバリやるに違いない


主任は佐渡病院へ移動
交代のナースは来ない


9K?



それがなんだ 死ぬまでやってやる とあたしは思ってる

仕事が生きがいなんて全然思ってないよ

「あーーー休みたいいい」と 朝はやっと起きてる毎日



近所の電気屋S君がいってた


「仕事してなかったら生ビールが美味くない」
「だよね?だから仕事してんだよね?あたしら」
「そういうことっ」


他の業界はどんなですか?


うちらは人手不足でどうにもこうにも・・


解決策を国をあげて考えて何年も経ちますが 事態は悪化の一途


佐渡病院も病棟の削減を決意したようです



看護師そんなに嫌ですか?


たとえば ちょっと昨日話題になったこと


看護学校ってきついのか?


きついですね


学校できついのは テストテストテスト三昧と実習と毎日提出するレポート 


実習できついのは 
現場のナースから相手にされないし 役にも立たないし 邪魔にされるし・・

毎日提出の実習レポートのキツさは睡魔と焦燥との戦い


もう3時だ・・・どうしよう もう寝る時間がない・・


実習後にカルテが空いたすきに受け持ち患者のデータを書き写し
ドクターのミミズみたいな英語の所見を解読し
ナースの記録や検温表も書き写し
見てもちんぷんかんぷんなレントゲンやCTを見て
暇そうなナースがどこかにいたら質問しなきゃと待てど暮らせど誰も相手にしてくれない

あっというまに時間がすぎる


写したデータを部屋へ持ち帰ったら
何時間もかかって関連図を書いて 
現在の状態を重ね

そっから予想される患者の状態や今後起こるであろうリスクをひねり出し
なんとか仕上げて

翌日 自分の面倒をみてくれるナースに見せても


「・・・・で・・・なにがしたいの?」くらいにしか言われない


ちょっと手の空いたナースはもっと最悪だ



「で?なんで瞳孔不同になるの?」

「え・・あの・・動眼神経が・・・えっと・・」

「勉強してきてないなら実習する意味ないでしょ?」


(してきたよ!!)


でも そういうわけにいかないから食いつく


「あの!動眼神経が圧迫されるからです!」


「なんで?どんなふうに?」


「・・・・・・」



またその一日を 役立たずの邪魔な存在で現場をウロウロするしかない

担当した患者さんの爪を切り 足浴し・・・・


そしてまたその日のデータ探しをして 部屋へ帰って関連図からやりなおし


いつ寝てるのかわからない看護学


いつも現場で「自己嫌悪してなさい」くらいの扱いで


でもね


あのデータを何百回も書き写して その意味を何百回も頭に叩き込んで


意識やバイタルに表れない全身状態の何を見なくちゃいけないのかを
感じて 見えるようになる練習の第一歩だってこと


塩やカリウム 電解質の加減ひとつひとつのほんの微量な変化の意味を

心電図の震える基線にアラームが対応せずとも波形の変化に気を配っていた意味を

手足の冷たさや 見過ごしてしまいそうな浮腫みや

毎日毎日「今日の朝ごはんのメニューはなんでしたか?」と同じ質問をくりかえしていた意味を


いつか実感するようになる


何かがおかしい と気がついた時点で急変が始まっていることもあるってこと



それができるようになるために 考えるためにレポートを書き
担当患者の声を聞き 決してサボらず 毎日見て観て看て診て
がんばってがんばって覚えていくの


そして 10年もたったら何もかもが古臭い知識になる(笑)


古い教科書は捨てなさい


そこには 何度も何度も引きなおしたアンダーラインがあり

「がんばった」こと 「のりこえたこと」「必死で覚えたこと」の証が
執着となり 新しい知識を得ることへの障害になる


常に今日と明日しかないんだよ


亡くなった患者さんたちのことを 悲しむ権利などあたしたちにはない


悲しむ権利なんかないということを踏まえて

その上でちょっとだけ泣いて すぐに現場にもどりなさい


あたしは 看護師が生きがいでは決してないけど
あたしをいままで生かしてくれた職業です


けっこーーいろんなことがあっても 仕事してればなんとかなった



看護師さんが増えますように願っています




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さて 脈絡もなく 佐野元春です


古い一曲です




「キミは3個のダイヤモンドを掘り当てて
そして4個のダイヤモンドを失くしてしまう」


そういうことはけっこうあることだと思う

そしてそれも人生
悲観せず かっこつけ続けるのも人生
かっこつけるなら 言い訳はしないこと


腹が減っても高楊枝

疲れたの 痛いだのいっても かっこはつかない


ダイヤモンドに興味がないなら・・

もう求めないこと


いつでも自由なんだよ どう生きるかは