思い出

思い出は過去じゃない

人の心にきちんと正座してとどまる

思い出は「思い出」として よりいっそう美しく切なく
宝石のように存在するのだ

あたしとウランのは そんな思い出なら嘘だ



その日 あたしは無様に鼻水たれて大泣きして

血だらけの死臭に満ちたウランを抱いて寝た

今生の別れである

死の匂いの中にあっても ウランの耳は
ウラン臭さでいっぱいだ

ああしておけば死なせずに済んだんじゃないか?
ああすりゃ良かった こうするべきだった
無様に無様に後悔し 

しまいには酒に逃げて 近所の63歳の板金屋のおっさんと居酒屋へ

おっさんは「小沢がどうこう」言ってたが
「しらねーよ そんなやつ」とかいって
「ばっかだなーおめーは ばぁか!」とかいわれて

お互い泥酔 そのうち何で意気投合したんだか覚えてないが
「おう 同志よ!」
「おう!」
かたい握手と抱擁で「さわやかにやろうぜ」 とかいって店を出た

(知ってる連中から見て あまりにもベタな成り行きである 台詞まで)


独りで帰宅すると ウランは置いたままの姿勢でそこにいた

冷たい もういないんだねと思ったら胸が一瞬きしんだが 
酒に負けて寝た

肉体はあってもそこに魂はもうない
魂はなくても それはれっきとしたウランだ
どっちなんだ?
どうだっていい
あたしは酒の力で寝る それしか方法がない
 

明日は泣かない
寝なきゃだめだ
寝て食べる 何があっても
それが約束だ


翌日くちなしの小さな木を庭に植えた

前々から どうしてもくちなしを植えたかった

くちなしの花言葉

「とてもうれしい」

つまり

「犬のしっぽ」って意味


犬はしっぽを振る いつ何時でも人の顔見りゃ

ばたばたばたばたばたばたばたばた

なにがそんなに嬉しいんだおまえは?


沈丁花 金木犀とならんで すばらしい香りを放つ花を咲かせる木


ウランはそういう香りの犬じゃなかった
香りってより「匂い」だった


でもいいんだ


花言葉のとおり「犬のしっぽ」には違いない


ひとはそれぞれ 違った方法で立ち直る
その方法はさまざま

それもこれもアリだと思う


けれど決して楽な道などありはしない


胸いっぱいに吸い込んだウランの匂いを覚えておこう

似たりよったりの犬犬しい匂いのひとつだ


いつ何時にも 犬の匂いがすればすぐに
デジャブを感じ取るだろうが
決してそれを言葉にはしない

だれにも言わない