辻征夫さんの詩

蟻の涙


どこか遠くにいるだれでもいいだれかではなく

かずおおくの若いひとたちのなかの

任意のひとりでもなく

この世界にひとりしかいない

いまこのページを読んでいる

あなたがいちばんききたい言葉はなんだろうか



人間と呼ばれる数十億のなかの

あなたが知らないどこかのだれかではなく

いまこの詩を書きはじめて題名のわきに

漢字三字の名を記したぼくは

たとえばこういう言葉をききたいと思う



きみがどんなに悪人であり俗物であっても

きみのなかに残っているにちがいない

ちいさな無垢をわたくしは信ずる


それがたとえ蟻の涙ほどのちいささであっても

それがあるかぎりきみはあるとき

たちあがることができる

世界はきみが荒れすさんでいるときでも

きみを信じている